2019.10.26 枝幸町歌登パンケナイ貝塚発掘調査を見学させていただきました。縄文時代後期から近世アイヌ文化期(以後も利用されていたものか?)の複合遺跡で、土器や石器類のほか、カワシンジュガイの貝塚が見られました。川沿いの緩やかな傾斜地で河川を中心とした生活が垣間見られます。

猿払川が注ぐポロ沼とオホーツク海に挟まれた台地上に遺跡があるとの情報を得ることができ、地層などの確認もするため現地を訪れました。砂利採取地で現在も採取しているのか?不明ですが、海岸の台地堆積物を確認したところ、上層部には土壌堆積物が、下層部には細かな砂利を含む砂礫層とさらに下層には粗い砂礫層からなる堆積層が見られました。下末吉海進時の堆積層が粗い砂礫から細かな砂礫層であるのか、砂礫層が氷河期の堆積層であるのか地質図幅を確認して再度、考えたいと思います。オホーツク地域に残る平坦な台地面の形成は我々が解決しなければならないテーマの一つであることを認識したところです。

台地の上層で見つかった遺跡は縄文早期末の東釧路ⅢないしはⅣ式土器を伴う遺跡だと土器の文様から推察されます。木炭層や焼土層も残されていました。

歌登パンケナイ貝塚調査のようす
出土したカワシンジュガイ
猿払の遺跡遠景
遺跡全景(黒っぽいところから遺物が出土)
出土遺物(土器や石器)
東釧路Ⅳ式?土器破片

コメントを残す